アカデミー賞にも輝いた特殊メイクによって変貌した、シャーリーズ・セロンの容姿に仰天
まずこの映画を観る人に強調しておきたいのは、メーガン役のシャーリーズ・セロンが、メイクアップアーティスト カズ・ヒロの手により、本物のメーガン・ケリーそっくりに変身していること。その姿は、シャーリーズ・セロンと言われなければ絶対に分からないほどの出来栄えだ。
(カズ・ヒロは本作にて第92回アカデミーメイクアップ&ヘアスタイリング賞を取得)
その他、本作にはメーガンやグレッチェンを始め、FOXニュースのオーナーである“メディア王”ルパード・マードック、そして経営者の地位を追われることになるロジャー・エイルズなど、多くの実在の人物が実名で登場しており、そのほとんどが本物と見紛うほどよく似たヴィジュアルを持って登場するが、そもそも似ている俳優を採用しているのか、彼らもまたカズ・ヒロの特殊メイクによって寄せられているのかは僕は知らない。
ちなみに、この特殊メイクでシャーリーズが扮しているメーガン・ケリーは、当時共和党の大統領候補であったドナルド・トランプとの軋轢でも知られており、本作内でもその有様が描かれている。(さらに"ちなみに" を続けると FOXニュースは全米でも超トランプ寄りの報道姿勢で有名であり、過去5年間のトランプ政権との蜜月ぶりが知られているが、大統領選でのトランプ敗戦を受けて両者の関係に変化が生じてきているらしい)
一気に決着をつけるのではなく、勝利を刻むことによる、遠回りの妙
本作においては、グレッチェンの告発を契機に、ロジャー・エイルズが女性社員に対して行っていた数々のセクハラ的言動(女性社員にタイトスカート着用を強いることから始まって、重用する代わりに性的要求を行っていたなど)がどんどん明るみに出るのだが、グレッチェンらが多額の和解金を受け取る代わりに口をつぐまざるを得なくなる。
本作における 彼女たちの告訴が、後に続く#MeToo ムーブメントへとつながっているのだろうとは思うのだが、本作においては グレッチェンが訴えたのはロジャー個人であってFOXニュースという法人ではなく、だから結果としてロジャーの放逐と、口止め料としての和解金の支払いで 事件は収束することになる。(まあ、グレッチェンが会社そのものを訴えていれば、女性への性的差別やセクハラ意識が個人の責任に帰するものではなく企業や社会体制そのものに根付くものであって、ロジャー・エイルズを辞めさせる≒トカゲの尻尾切りで収められない大きな論争となったかもしれないが、逆にそれではグレッチェン側にそもそも勝ち目がなかった、だからグレッチェンと彼女の弁護団はほどほどの勝利を狙って攻めたのだと言えるかもしれない)
本作の背景となっているのは2016年。
わずか数年前、自由主義陣営のリーダーたるアメリカの、先進的であるはずのメディア企業においてさえ、人種や性別などへの人権侵害が為されていたことに驚きを禁じ得ないが(『ザ・プロム』がLGBTQに対する偏見の存在を描いた舞台は、インディアナ州の“田舎町”の設定だが、事実を元にした本作の舞台は都心も都心、ニューヨーク州ニューヨークだ)、トランプ大統領を生み出してしまった国と考えればなんの不思議もないのかもしれない。
実際、トランプと対立し、ロジャー・エイルズの辞任を後押ししたはずのメーガン・ケリーにして、2018年には黒人差別と受け止められるような発言をして失脚しているのである。
その意味で、本作はあくまでフィクションであり、すべての差別意識を問題視しようというテーマの作品ではなく、"女性差別がいまだに存在していることへの抗議"だけに絞り込んだ作品であることを理解すべきだろう。差別意識もしくは偏見、という普遍的な意味合いを考えるのではなく、より狭く深いポイントのことだけを考えるべきであろうと思う。黒人差別の撤廃を目指すことは人種差別そのものを無くすことではないし、女性蔑視の風を正そうとすることは、女性に対するセクハラを無くすことではあっても例えばゲイであることをカミングアウトすることとは一緒ではない。考えてみれば当たり前なのだが、一言に差別をなくせと主張することは容易く、その中に存在する細かくも深い溝の存在をあっさり無視してしまいがちになる。
本作において、メーガンやグレッチェンはトランプやロジャー・エイルズのような女性を蔑ろにするようなタイプの男の存在への怒りの象徴になり、女性差別を正すためにはピュアな存在にはなるが、人種問題の代弁者というわけではない。グレッチェンがFOXニュースという企業ではなく、ロジャー・エイルズという個人を訴えたように、問題点を小刻みにすることで、最終目標までのマイルストーンを順に辿っていくような戦術的な行動が求められるのと同じで、さまざまな形や姿で存在する差別を、一気にすべて解消しようとするのではなく(そういう大雑把な考え方にハマると、メーガン同様に、女性問題で躍進して黒人問題で失脚するという愚挙をしでかすハメになる)一つ一つの問題に細かく丁寧に向き合う必要があると改めて思うのである。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。