ブルース・リーの師匠として知られる実在の詠春拳の使い手 イップ・マンの生涯を描いたカンフーアクション映画シリーズの完結編。
今まで小出しにしていた“ブルース・リーの存在”が全面に押し出された最終作
本シリーズは、原則として日本や西洋(英国)らの実効支配に反発する中国人の姿を描いており、国威掲揚作品の側面がひどく強い。
シリーズ最終作になる本作では、中国人を忌み嫌うのはアメリカ人であり、その差別と嫌がらせに対して、武でもって反抗する中国人の姿が描かれている。
(シリーズ全体で言えることなのだが、腕力を誇る“敵”=今回であれば米国海兵隊の軍人 の横暴を、カンフーでもってイップ・マンが懲らしめるという展開が終始一貫しており、やられた方の“敵”が改心したり、イップ・マンをはじめとする中国人への敬意が生まれるといった根本的解決は見られないのが、本シリーズの残念なる特徴だ。
また、本作に限って言えば、中国人の立場を少しでも良くしようとしてカンフーの普及を目指すのは良いのだが、普及させるべきは武術だけではなく、もっと他にも豊かな文化的交流の方法はあるのにと思わざるを得ない)
本作では、過去3作までは匂わせ程度だけだったブルース・リーとの関係(イップ・マンはブルース・リーの詠春拳の師匠)が全面に押し出され、かつブルース・リー本人のアクションシーンもふんだんに盛り入れられている(もちろん演じているのはそっくりさん的な役者だが)。
ブルース・リーは欧米人にも中国拳法(カンフー=功夫)を広めていこうとするが、サンフランシスコに根を張ろうとする中国移民の窓口となる組合(中華総会)のメンバーたちは、欧米人がひどく狭量な差別意識を持っており、中国人への排他的態度が目に余ると感じており心を堅く閉ざしている(実際、中国人もしくは黄色人種への偏見を露わにする人々も描かれる)。そのため、彼らは同じ中国人、同じ中国拳法の武術家であるはずのブルースの取組みを危険思想扱いしている。
イップ・マンは息子のアメリカ留学させるための下見に訪米してきており、中華総会にその後見人としての推薦状を出してもらいたいのだが、中華総会の面々からするとイップ・マンはブルース・リーの師父であり、近親憎悪の対象であるから、なかなかイップ・マンの望みを受け入れてはくれないのである。
差別する相手をなぎ倒せばそれで満足か?
この「イップ・マン」シリーズでは、前述のように、中国人を劣等民族扱いする“敵”=日本人や英国人、そして今回の米国人、その敵に阿る国辱的な者たち、敵の支配や圧力に反抗するものの力がないばかりに抗し得ない者たち、が常に存在し、イップ・マンがその卓越した詠春拳の冴えをもって、中国人を抑圧する勢力を圧倒し、中国人たちに誇りを取り戻させるという図式でもって構成されている。
この映画シリーズは(イップ・マンを演じるドニー・イェンの存在感と優れたカンフーアクションの技術によって成立する)アクションエンターテインメントであり、良くも悪くもB級映画であるから、そもそも深いメッセージを作中から拾おうとすること自体間違っているとは思うが(あの名作『カサブランカ』もナチス対抗の国威掲揚映画だったことは有名な話だし)、それでも本作の観賞後に得られるものがそんなストレス発散やカタルシス(もしくはドニーが演ずる近接戦闘術である“詠春拳”に対する興味)だけになってしまうとしたら、それは少し寂しい気がする。
また、本作においては、カンフーの実戦性のアンチテーゼとして空手が軍人御用達の格闘術になっており、イップ・マンら中国拳法家の前に立ち塞がるのだが、空手自体が(中国人と同じ)黄色人種である日本からもたらされたものであり、西欧の盾のように扱われているのも違和感があった。
やはり、大方の中国人にとっては空手=日本であり(さらに言えば母型である中国拳法を改変した粗悪な模倣とでも思っているのだろうか)、日本人は欧米の走狗、そして欧米人は駆逐すべき敵、という意識があるのだろうか。
一般的にはそんな極端な意識はないと信じるが、本作では中国人と意識を共にできる共感者としての“敵”は一切登場せず、あくまでも相容れない存在のように描かれているのが残念だ。
とはいえ、作品そのものはアクションエンターテインメントまたは かつて大ブームを巻き起こしたカンフー映画として成立しているので(それもやはりドニーの素晴らしい技術によるものだ)、シリーズ全作を観ることは お勧めできる。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。