第二次世界大戦下のドイツを舞台に、ナチスの洗脳的教育を受けながらも、1人のユダヤ人少女との交流を続ける心優しい少年ジョジョの姿を描いた、ヒューマンドラマ。
ナチスの強権に密かに反抗しユダヤ人少女を自宅に匿うジョジョの母親役にスカーレット・ヨハンソン、少年兵の訓練を指導する教官役にサム・ロックウェル、監督・脚本を務めたうえジョジョの空想の中でアドルフ・ヒトラーに扮するのは、「マイティ・ソー」最新作の監督にも内定しているタイカ・ワイティティという豪華な一本だ。(第92回アカデミー賞 脚色賞受賞作品)

すべてを経験せよ 美も恐怖も 生き続けよ。絶望が最後ではない(R.M.リルケ

画像: 『ジョジョ・ラビット』2020.5.20デジタル配信/2020.6.3ブルーレイ&DVDリリース youtu.be

『ジョジョ・ラビット』2020.5.20デジタル配信/2020.6.3ブルーレイ&DVDリリース

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若者の教育に熱心なナチの恐ろしさ

空想上の友人は“ヒトラー”。主人公のジョジョはナチスの将校を目指す10歳の少年。美しく奔放(そうに見える)な母親ロージー(スカーレット・ヨハンソン)と暮らしているが、初参加したヒトラーユーゲントで事故に遭い重傷を負ってしまう。

(注)ヒトラーユーゲント(ドイツ語: Hitlerjugend、略称 HJ、英: Hitler Youth)は、1926年に設立されたドイツのナチス党内の青少年組織に端を発した学校外の放課後における地域の党青少年教化組織で、1936年の法律によって国家の唯一の青少年団体(10歳から18歳の青少年全員の加入が義務づけられた)となった。「ヒトラー青少年団」とも訳される。

下肢と顔に傷が残るジョジョは自宅待機を余儀なくされるが、ふとした物音から、家の屋根裏部屋にユダヤ人の少女が匿われていることを発見する。少女を匿っているのが自分の母親であることは間違いなく、通報すれば母親にも自分にも科が及ぶかもしれないと考えたジョジョは、ナチスによって植え付けられた、忌むべき存在としてのユダヤ人が身近に存在していることへの嫌悪を抱きながらも口をつぐむことを選ぶのだ。
隠れて暮らすユダヤ人少女のエルサは、そんなジョジョの戸惑いを揶揄うかのように振る舞うが、やがて2人の間には、互いの恩讐を超えた奇妙な心の交流が生まれていく---。

能天気な振る舞いと明るさを振りまきながらも、実はナチスの狂信的な強権に反抗するレジスタンス活動を続けているロージーと、その息子ながら幼くしてナチス信者になっている少年ジョジョ、そしてナチスの迫害から身を隠し続けるユダヤ人少女エルサの三人三様をユーモラスに描きながらも、時折り痺れるような冷たい恐怖と不安を差し込んでくるタイカ監督の巧みなバランス感覚に舌を巻かされる、優れた小品だ。

“教育”によって植えつけられる人格を否定し拒否することは難しい

本作は、ナチスの巧みな“教育”によって、純粋培養されていく少年少女が、特定の思想に凝り固まっていく姿をまず描く。ナチスのスローガンはシンプルかつ力強く、ハーケンクロイツや支給される制服のデザインは画一的でありながら恐ろしく格好良い。全体をみればあまりにも利己的で狂った思想であることは明らかなのだが、細部にわたるまで精緻に設計された美学の存在が 多くの人々の神経を犯し狂わせていく。明らかに身勝手で狂った考え方を、巧みに作られた論理とクールな見た目で粉飾するやり方は、ナチスが人間を操作するための方法を熟知していたことを証明するものだ。

(そうは言っても、他者への献身や愛を説くはずの宗教が、狂信を生み、テロや暴動のきっかけを作っていることもよくあることで、ナチスがダメで他はいいということには絶対にならないのは、いうまでもない)

ただ、敵は容赦なく殲滅し、慈悲や良心の呵責を抱くことはナイーブなことだと教えられるジョジョにして、なんの罪もないウサギを殺せという命令には抵抗を感じるし(ヒトラーユーゲントの訓練中に年嵩の少年にウサギを殺すことを命じられるが、どうしても従えなかったことで、ジョジョは“臆病者”というレッテルの意味でジョジョ・ラビット、と呼ばれてしまう→これが本作のタイトルに繋がる)、母親ロージーの反ナチ的な言動に反発しつつも愛情を感じざるを得ない。つまり、生来自分が持っている優しさや他者への愛を完全に消去することは容易ではないのだと、制作者たちは訴えている。

本作の時代背景は、連合国の侵攻を受けて崩壊していく時期のドイツであり、それがゆえに最後までナチスの洗脳が解けない人々と、洗脳されていると知りつつ その強権に従ってきた人々、もしくはそれに抵抗してきた人々など、さまざまな層に属する人々の姿が錯綜する。

ヒトラーユーゲントの教官を務める将校キャプテン・K(サム・ロックウェル)は一見熱烈なナチス信者に見えるが、ゲイであることを隠して生きるマイノリティであり、ジョジョが抱える心の葛藤の理解者になる。少年ジョジョからみた彼はゲイであるようにも見えていないだろうし、自分の心中を理解しているようにも思えていなかっただろうが(子供から見た大人はたいていその本質は理解されていないものだ)、本作におけるジョジョの最大の庇護者は案外彼かもしれないのだ。
ただ、その立ち位置も、上述のように複雑な時代背景における錯綜の結果であり、その善良さもたまたま顕在化したに過ぎないかもしれないのである。

暗く切ない時代を明るいタッチで描いた良作

前述したが、本作は全体的にはコメディであるかのように明るくポップなトーンで描かれる作品だ。もちろん舞台となる時代や環境は抑圧された暗黒の中だし、実際 作中には恐ろしく無慈悲な事件や展開が設けられていて、笑いだけで済ませられる作品ではない。

しかし、あえて陽気な描き方をすることで、人生に潜む悪や邪な意思が、決して他人事ではなく、出くわすことも珍しくはないという苦い真実を我々に思い起こさせてくれているのである。(観後、不愉快な気分になることはないので安心してみてほしい)

収容所暮らしを強いられながら、子供にはその恐怖や不安を与えまいと道化に徹する ユダヤ人の父親の姿を描いた傑作『ライフ・イズ・ビューティフル』は、あくまで虐げられる側の目線から描かれていたが、本作はナチの信奉者(になるよう教育された少年)から描かれており、さらにその“信仰”が間違っていたことを悟るプロセスにフォーカスしている。

ある意味洗脳されていた者の洗脳が解けていく話ではあるのだが、同じように洗脳されていたはずの少年の友人が、今度は英米やロシア人への偏見にとらわれていくさまが同時に描かれているところをみると、何が幻で何が現実かを見極めることは甚だ難しく、簡単なことではないのだということが身に染みる、そんな作品である。

画像: 『ジョジョ・ラビット』ナチス支配下のドイツに生きる少年がたどり着く未来とは

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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