Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第81話「走れ シロ!」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
どでかいハーレーから100ccの小さなバイクに乗り換えてきた立石
人生の黄昏期に差しかかった私だが、季節はもう夏だ。カンカン照りの強い日差しが容赦なく降り注ぐ。
そんな中、立石が小さなバイクでやって来た。「ハーレー重くってさ。俺には向いてないのヨ」と、立石はカウンターでぼやいた。

知るかヨ、と私は思った。本人はまだ若いつもりだったのかもしれないが、私とさほど変わらない年齢の、腹の突き出たオッサンだ、身の程を知ったというわけだ。
「極端だなあ」私は言った。「ハーレー売ったの?」
まだ持ってるけどさ、と立石は憂鬱な面持ちで小さな声で言った。「ハーレー買ったら、嫁さんの機嫌が悪いのヨ」
その時、リナが「ねえ、松ちゃん!」と叫んだ。
見ると この辺りの地主のばあさんの犬(毛並みは黒いが何故か名前はシロという)が窓の外にいた。
ワン、ワンとシロは私たちを誘うかのように声を上げた。
まさか?という嫌な予感に、私はどっと冷や汗を掻いた。

松ちゃんのドヤの大家の異変??


「立石さん、バイク貸して!」
私は急いで立石のバイクに跨ると、ノーヘルのままシロとリナの後を追った。
ばあさん、無事でいてくれ‥私は自然にスロットルを握る右手に力をこめていた。
ヒトシには時間があるが、私にはない?
案の定、ばあさんは茶畑で倒れていた。
いくら元気でも、このクソ暑い中で働いてりゃ、身体がもたないってことだ。

私よりだいぶ歳上のばあさんだが、私にとっては他人事ではない。
私がいま倒れたら、誰かが見つけてくれるかどうかわかったものじゃないし、一度倒れたら、もう二度と立ち上がれないかもしれない。私は、もう若くない。ヒトシとは違うのだ。
そう思うと、恐怖に近い焦りが湧いてくる。

やるべきことは、できるうちに何がなんでもやらなくてはならないのだ。

楠雅彦 | Masahiko Kusunoki
車と女性と映画が好きなフリーランサー。
Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。住みたいぜ!