二輪を転がすのにヘルメットも必要なかった時代の話。昼間は一所懸命に働く。仕事が終われば、相棒のW1にまたがり、自由に走る。そんな男が後ろに乗せたい相手とは……
オートバイ2019年9月号別冊付録(第85巻第14号)「Go with a big one the Special」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
オートバイ2019年9月号別冊付録(第85巻第14号)「Go with a big one the Special」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
四輪乗りに勝負を挑まれたが……
「わかってんのかあ!?」とリーゼントに髪を固めた男が挑発的に叫んだ。
ふん、と俺は心の中で笑った。「俺が勝つに決まってんだ」
はやくやろうぜ、と俺はダブワンに跨った。俺には急いで片付けて、早く帰りたい理由があった。
こんな連中と遊んでる暇はない、後ろに乗っけて出かける約束をした大事な相手がいるのだった。
「万年橋がゴールだ!」リーゼント野郎が車に乗り込みながら言った。なんどもいうが俺は急いでいるんだ。さっさとぶっちぎってやるから早くしな。
俺は思い切りスロットルを開けて、全開で走り出した。加速するW1は、なんなく奴のクルマの前に出た。あとはゴールまで、いつものように、風のように走るだけさ。
俺は急いでいるんだ。今夜は大事な約束があるのさ、こんな連中と遊んでる暇は俺にはないのさ。
W1に乗せてでかけたいのは
しっかりつかまってろよ、と俺は野球帽をかぶった息子を後ろに乗せた。
今夜はこいつとナイター観戦。
アホな連中との勝負なんて俺はすっかり忘れていた。ギュウっとしがみついてくる息子と、バイクで出かける。これ以上の幸せがあるかってんだ。
いつまで俺の後ろに乗りたがってくれるかわからないが、今の俺にはこんな時間がなにより大切なのさ。さっきと打って変わって俺はゆっくりスロットルを開けた。
楠 雅彦|Masahiko Kusunoki
湖のようにラグジュアリーなライフスタイル、風のように自由なワークスタイルに憧れるフリーランスライター。ここ数年の夢はマチュピチュで暮らすこと。