工具というより“美術品” 見ていて飽きない漆塗り工具
この鑑賞用美術工具という世界を創造した発想はとても新鮮だ。そしてこれはKTCの“どこまで工具は美しくなれるのか”という挑戦であるともみてとれる。グリップ部分に漆を塗り伝統工芸品のオーラを放つ「ネプロス漆ラチェットハンドル」は、いつまで見ていても飽きない逸品である。もともとこれは工具に付加価値を付けたいという発想から始まったのだという。
漆仕立ての工具箱というアイデアもあったが、まずは工具でということになり、京都の佐藤喜代松商店とコラボすることになった。これが漆塗り工具の始まりだ。
「ネプロス漆ラチェットハンドル」のベースとなるのは、KTCの持てる技術力を結集した最高傑作、90枚ギアの「NBR390」である。もちろん、使うこともできるが、使う勇気は、かなり必要かもしれない。つまり工具というよりは美術品ということ。242,000円~ 517,000円(税込)という価格も日本伝統の漆美術品と考えれば納得のいくものだ。
前から鑑賞用美術工具というものはあったのだろうか。マーケティング本部(当時)の小池氏に訊いたところ、「これまでにはなかった分野」という。では、こうした発想がどこから生まれたるのだろうか。そう思いながら取材に訪れると通されたのは、和室のミーティングルームであった。
KTCの社内に用意された「和の空間」は、こうした斬新な発想を生み出すには絶好の場所なのだという。さらに「外国からお客様が来られたときには、ここで京都そのものを味わっていただく」のだという。こうした配慮も“ニッポンのものづくり”を大切にしているKTCならではと言っていいだろう。
話は「ネプロス漆ラチェットハンドル」に戻る。完成は2013年11月。7アイテムが揃ったのだ。受注開始後、興味深いことに一番売れているのは最も高価な「瀧」だという。古来より神が宿るとして崇められている滝を、岩は高蒔絵技法により盛り上げられ、表面は金の板と金蒔絵で苔むした雰囲気を、松は金蒔絵と平蒔絵を組み合わせて細部まで繊細に、水流は平蒔絵によって空間バランスを絶妙に描いている。
「源氏車」は、世の流れに転がされていく人生に例えられており、日本独特の無常観が表現されている。車輪は局面に沿うように細かく割った白蝶貝の螺鈿細工と金蒔絵により精緻な線が使われ、流水は金平蒔絵の自由で動きのある線で描かれた。
「瑞雲」とは、めでたいことの前兆として現れる紫や五色の珍しい雲で吉祥紋様である。黒中塗りの上に金平蒔絵で雲を描きその上から茶褐色透明の透漆を塗り呂色仕上げ※をして艶を出した。
※上塗り後に艶を出すため呂色炭を使って水研ぎしながら磨き上げること
亀は長寿の象徴だが、とくに甲羅に藻が生えた亀は縁起がよいもの。「老亀」は、黒漆中塗りに銀粉で波模様を出す研出蒔絵が使われ、その上に金平蒔絵で亀を金の精緻な線が使われ描かれている。
「市松」は、江戸時代の歌舞伎俳優、佐野川市松が白と紺の正方形を交互に配した袴を着たことからこう呼ばれている。これは中塗りした上に黒漆を塗り炭の微細粉末を蒔き付け、乾いた後に研ぎ、さらに黒漆を2回塗り、呂色仕上げされている。
「流紋唐草」は、蔓の生命力を繁栄の象徴とした吉祥紋様。黒漆で中塗りし、葉の形に切った錫板を貼って、その上から黒漆を2回塗り重ね、呂色磨き後に茎の部分に手描きで銀蒔絵を施している。
「柳」は、倒れても再び発芽するため生命力の象徴だが、この作品では朱漆塗呂色仕上げに金蒔絵で柳の枝垂れる様子が描かれ、数ヵ所に散りばめた銀の露玉によって立体感も表現されている。
こうした「ネプロス漆ラチェットハンドル」の注文や詳細の問い合わせは、オフィシャルショップやtel:0774-46-4159で受け付けている。すべて手づくりなのでオーダーから製品が届くまで約3ヶ月かかるが、待っている時間もまた至福のひとときだと言えるだろう。
千葉知充|Tomomitsu Chiba
創刊1955年の日本で一番歴史のある自動車専門誌「Motor Magazine(モーターマガジン)」の編集長。いままで乗り継いできたクルマは国産、輸入車、中古車、新車を含め20台以上。趣味は日本中の競馬場、世界中のカジノ巡り。