12月1日、アブダビにあるヤス・マリーナ・サーキットにて2019年のF1世界選手権が終了した。終わってみればルイス・ハミルトンが6度目の栄冠に輝き、ミハエル・シューマッハがもつドライバーズチャンピオン最多獲得回数7にあと1と迫った。現在のF1で圧倒的な強さを見せているハミルトンは、なぜここまで強くなれたのか?
数々のスポーツシーンから、生きる力・成功へのヒントを学ぶ本連載の1回目は、モータースポーツ界のトップに君臨し続けるルイス・ハミルトンから、成功の秘訣を学んでみたいと思う。

鮮烈なデビュー! 最年少でチャンピオン獲得。そして苦しかった日々

画像1: www.formula1.com
www.formula1.com

ハミルトンのF1デビューはまさに新時代を予感させるものであった。当時トップチームであったマクラーレン・メルセデスに加入したハミルトンは、デビューイヤーでいきなり世界王者とコンビを組んだのだ。この年マクラーレンに移籍した2度の世界王者、フェルナンド・アロンソとチームメイトになることはルーキーにとっては荷が重いはず。しかしハミルトンはアロンソに対しても互角以上の戦いを見せる。

最終戦こそフェラーリのキミ・ライコネンにチャンピオンを譲ったが、F1ルーキーが1ポイント差でランキング2位になるという大活躍をシーズン開幕前には誰も予想できなかっただろう。2年目となる2008年はマクラーレンのエースとして活躍。フェラーリのフェリペ・マッサとのチャンピオン争いに競り勝ち、当時の最年少記録を更新しチャンピオンに輝いた。

しかし、2009年から2012年までランキング3位以内に入ることはできず。マシンコントロールやブレーキングに優れていたハミルトンだが、アグレッシブな走りはたびたび批判の的になる。とくに2011年は接触事故が多く、批判の声も高まっていた。さらにこの時期はチームの作戦ミスやマシントラブルに泣かされたレースも多く、ハミルトンにとってチャンピオンを獲得してからのマクラーレン時代は心身ともに辛い時期だったといえるだろう。

そんななか、ハミルトンはリスキーな挑戦に打って出た。

それは復帰3シーズンでわずか1勝のメルセデス・AMG・ペトロナスへの移籍である。移籍初年度はマシンの違いに苦しむものの、その後のハミルトンの活躍をみれば、この移籍がもっとも重要な決断であったことは間違いない。

強くなるきっかけになった2016年

画像2: www.formula1.com
www.formula1.com

現在のハミルトン、そしてメルセデスチームとの関係性からは想像できないかもしれないが、両者の間に溝ができたことがある。それはチームメイトであるニコ・ロズベルグに負け、ドライバーズチャンピオンを逃した2016年のことだ。

序盤、ロズベルグに先行されるもモナコ、カナダの連勝、ヨーロッパGPを挟んで怒涛の4連勝、そしてラスト4戦もすべて優勝し、最後の最後までチャンピオンに向けて戦い続けたハミルトン。しかしドライバーズチャンピオンになるには5ポイント届かず、複雑な気分でシーズンを終えることになる。

ロズベルグに負けたこともそうだが、最終戦のチーム戦略が大きな要因だ。最終戦を迎えた段階でランキングトップのロズベルグと2位のハミルトンの差は12。ハミルトンがたとえ優勝しても、ロズベルグが3位に入ればチャンピオンになれないという状況──。

勝つだけでなく、ロズベルグに「何か」起こらなければいけない。このときハミルトンはトップに立つものの後続との差を拡げず、意図的にスローペースで走ることで、他チームのライバルにロズベルグと争わせる環境を作ったのだ。

チームとの溝

しかしチームはハミルトンに「ペースを上げろ」と指示。これにより、ハミルトンは優勝はしたもののロズベルグが2位に入り、ドライバーズチャンピオンの夢は潰えてしまった。少しでもチャンピオンの可能性のあったハミルトンにしてみれば、チームに可能性を消されてしまったも同然である。

チームとしてはハミルトンがドライバーズチャンピオンになれば、コンストラクターズチャンピオンと合わせて最高の締め括りとなれたわけだが……ハミルトンとチームとの間に溝が出来てしまった瞬間でもあった。

オフに入ってすぐに、メルセデスのチーム代表、トト・ウォルフがハミルトンとの関係修復に動き出し、話し合いの場が設けられる。

メルセデスにはチームオーダーは存在しない。チームに多くのポイントが入ることが重要なこと。そのため、チームとしてはより多くのポイントを獲得するため、そして同士討ちという最悪の結果を避けるために「ペースを上げろ」と指示したのだ、と。
※チームが所属の選手へ指示を出し故意に所属選手間の順位を入れかえたり、保持したりすること。

ハミルトンからしてみれば受け入れられない指示だが、同シーズンのメルセデスドライバーのふたりはコース上での接触もあり、チームオーダーも必要と思わざるを得ない状況だったのも事実。

チーム内の決まりごとは変わることはない。しかし、ロズベルグがリードしていたとはいえ、あのときハミルトンにもチャンピオンの権利が残されていた。選手としては涙を飲む気持ちだったことは想像に難くない。

のちにチームはあのときの指示は間違いだったと認め、ハミルトンに謝罪することになる。この話し合いののち迎えた2017シーズン。ハミルトンは進化して戻ってきた。

「速い」から「強い」に昇華し7度目の栄冠へ

画像1: www.lewishamilton.com
www.lewishamilton.com

2017年からのハミルトンの変化はファンから見ても、あきらかに進化したと感じられた。どちらかといえばこれまでのハミルトンにはネガティヴな発言が多く、それが批判の対象になることが度々あった。自分から悪い流れに乗ってしまっているという印象だ。

しかし、2017年以降のハミルトンからネガティヴな発言はほとんど発せられていない。自分がミスをしてしまった場合、言い訳はせず謝罪し、成績が良いときでも悪いときでも常にチームやファンに感謝の言葉を述べ、他のドライバーをリスペクトする発言をするようになった。これは自分が速くなるのではなく、チーム全体で勝つにはどうすれば良いかを考えるようになったからではないかと思う。

勝つためにはドライバーの技量だけではなく、速いマシンが必要だ。マシンを作るのは技術者、そのマシンをセットアップするのはエンジニア、つまり技術者やエンジニアとどのように仕事を進めるかが重要であり、彼らとの関係も大切になってくる。

いい関係を築くにはどうすればいいかを考えることがハミルトンの強さに繋がっているのではないだろうか。モータースポーツはひとりで戦うことは出来ない。数千単位の人間が関わっている最強のチームスポーツだ。チームひとりひとりに感謝が行き届くようにしているハミルトンのアクションは「こいつのために頑張ろう!」と思わせる原動力になっていく。

画像2: www.lewishamilton.com
www.lewishamilton.com

近年の最終的な結果だけみればハミルトンは圧勝しているが、2018年や2019年の序盤などは苦しい時期であったといえる。しかしそこで言い訳せず、前向きに仕事に取り組み、自らの力で流れを引き寄せた。一流の発言、佇まいが余裕を生み、支えてくれる人々への感謝が強さを生み、そして運さえも味方につけている。そこに持ち味である速さ、集中力が加わるのだから今の彼のポジションは当然であろう。

強くなるには、味方を増やすには、運を引き寄せるには、そして自分自身のパフォーマンスを引き上げるにはどうすればいいか。ハミルトンは真剣に考え、そして行動した。その軌跡は、どの業界においても参考になるのではないだろうか。

画像3: www.lewishamilton.com
www.lewishamilton.com
コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.