オイル・フォー・フードと呼ばれる人道支援計画が汚職の温床になる悲劇
欧米諸国による経済制裁によって困窮するイラク国民を救済するために、1996年から始められた「石油・食料交換プログラム(Oil-for-food program)」。国連がイラクの石油を管理し、その販売金で購入した食料を市民に配給するという目的で始められた、人道支援計画(計上された予算は総額640億ドル=当時の為替レートで換算すると、7兆円以上。2003年11月に終了)だったが、あまりに巨額の資金が投じられたため、汚職や不正を目論む者たちの格好のターゲットとなってしまう。
その中でも、少なくとも18億ドル以上の不正処理(実は200億ドル以上とも言われる)が発生し、しかもその黒幕として当時の国連事務次長が関与しているとされるにもかかわらず、国連が調査協力を拒否したため現在も全貌が明らかになっていない事件が本作の原案となっている。
理想と現実の狭間で苦悩する青年がとった行動とは
本作の主人公は、早逝した父親の遺志を継ぎ外交官への転身を目指す若者マイケル・サリバン。
彼は念願かなって国連事務次長の補佐官に抜擢され、鳴り物入りのプロジェクト「石油・食料交換プログラム」の担当者に任命されるのだが、一見理想的な政策に見えるこのプロジェクトが、実はサダム・フセイン自身が関与しているうえ、フセインと彼のおこぼれにあずかろうとする世界各国の企業や官僚たちが群がる、不正と汚職の温床になっていることに気づく。
さらに、その中心となって、このプログラムの悪用を進めているのが、他ならぬ自分の上司である国連事務次長その人であることを知ったマイケルは、理想と現実のギャップに直面して激しく苦悩する。
原作となったのは、元国連職員のマイケル・スーサンが2008年に書き下ろした小説「Backstabbing for Beginners」。タイトルの通り汚職の当事者たちが身内に“背中を刺される≒告発される”内容になっている。
裏切られ続ける理想、という現実に慣れてしまう“不感症”の恐ろしさ
本作は、実際に起きた国連最大の汚職事件を描いた作品であり、内幕を知る1人と思われる元国連職員による“告発”的な小説を原作にしている。実話の映画化ではなく、実話をベースにしているということであり、その結果 汚職の中心人物とされる事務次長の名前も映画内では実在の人物名とは違っている。
原作者が無事その原作小説をリリースできているということは、すなわち“告発者”が死んでいないということであり、同時に退職するまではその告発を行なっていない、ということになる。つまり、背中にナイフを突き立てたとはいえ、あまり深く刺さることはなかったとしか言いようがないかもしれない。
ただ、問題なのは、(これは僕自身も含めてなのだが)これだけの大事件があったことを、多くの日本人はあまり記憶に残していないのではないか?という残念な現実を思ってしまうことだ。本作は銃撃戦もないし主人公マイケル自身がそれほどの恐怖もしくは威嚇に晒されるシーンもないからなのか、それほどにはスリリングな展開になっていない。その意味では、実際には恐るべき不正事件に巻き込まれているという不安や苛立ちにマイケルが苦しんでいたであろうとは思うも、どうもその感覚は鈍く他人事だ。
そして、この他人事的な印象が結局のところ、日本の観客にとっては遠い異国の物語となって、なんとかしなければ、という焦りや覚悟を生み出すようにはなっていない。
最近よく見受けられる、さまざまな“差異(性差や人種の違いなど)”に対する差別や偏見問題に対する反応と同じで、もっと敏感になって自分事として受け止めるような姿勢を持たなければダメなんじゃないかな、と考えさせられるのである。理想は裏切られるものだが、そのことに慣れ切って鈍感になるのは本当に良くない。常に最善を目指して 改善すべき点に対しては正しい問題意識を持ち続けなければならない、と思う。
その意味では、やはりそうした“事件”の衝撃をもっと正しく受け止められるための知識を備えることが大切であり、そうした知識を与える(もしくはアップデートし続ける)ことこそが重要なのだと思わざるを得ない。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。