イギリスにおけるパキスタン移民の立場の低さが窺える
我々日本人にとっての英国は、ジェームズ・ボンドや王室が代表する、紳士然淑女然とした白人オンリー国家のような印象が強いかもしれないが、実際には2020年の時点で人口比10%は外国からの移民が占め、特に都市部では 数多くの有色人種の姿が多く見られる。
日本とは比較にならない、多民族国家なのである。
本作の舞台は1987年のルートン。ロンドンから50キロほど北部に位置するが、ここは特に、パキスタンやバングラデシュからの移民が多いという。
比較的 知的労働系≒医者や弁護士などの要資格専門職に子女を就かせることが多いインド系移民に比べ、工場勤務などの単純労働力として働くことが多いパキスタン系移民は、中産階級以下の白人市民から就労機会を奪っているとして目の仇にされがちだ。さらに言えば、パキスタン移民の多くがモスリムであることや、英国に住みながらも出身国の民俗・文化を継承する様が、差別する側の意識にさらに火を注ぐのだろう。(もっとも、生まれ持った文化や風習をなかなか捨てないのはパキスタン移民に限ったことではなく例えば華僑・華人が集まり住めばチャイナタウン=中華街を形成するように、当たり前のことだと思う。逆にいうと良いと思えばなんでも簡単に取り入れ染まっていく多くの日系人の様子は≒実に柔軟性を持っている証拠なのだが、固有の文化に強いこだわりを持つ民族から見ればとてつもなく節操がないように見えるような気がする)
ちなみに、クイーンのボーカル フレディ・マーキュリーはインド移民の二世だったが、大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディー』の中でパキスタン野郎と罵られるシーンがある。彼は自分はパキスタンではなくインド移民なんだ、と反論するが、聞き入れられることはない。実際には出身民族や文化に関係なく、彼ら移民はすべからく差別の対象になっているのだが、移民に対する強い偏見の象徴になっているのがパキスタン移民なのである。
家の中では保守的な抑圧、外に出れば悪意ある偏見。行き場のない16歳の少年が出会った救いとは
主人公のジャベドは16歳。子供ではないが大人でもない。父権が強い、典型的なモスリム系パキスタン移民の家庭に育った彼は、自分は英国人だという意識でいるが、一家は自分たちは英国人ではなくパキスタン人だという意識を捨てない。文筆業で生きていくことを夢見るが、執拗なまでに繰り返される差別的扱いに慣れ、そうした環境を抜け出すために医者か弁護士などの安定した職業に就くことしか認めようとしない父親と悉く衝突している。
父親や一家の保守的なマインドには反発するが、さりとて学校を辞めて独りで生きていく度胸も金もない。16歳は世間的に見ればまだ子供に過ぎず、社会的な立場はないに等しい。ジャベドはそのことを知っているがゆえに、反発はしても親の庇護から抜け出すことはしないしできない。さらに外に出れば、確かにパキスタン移民への差別は時に暴力を伴って彼を襲う。
ひ弱なジャベドにできることは、胸に溜まる一方の鬱憤を、ノートに書きためる他ないのだった。そんなとき、彼と同じパキスタン系移民でシーク教徒(ターバンを頭に巻いているからすぐわかる)の友人から、ブルース・スプリングスティーンを教えられ、瞬く間にブルースの世界観に没頭していく。英国と米国の違いはあったが、田舎町の閉塞感から逃げ出そうとする意志、そしてその意志を持ち続けて苦境に耐えようとする意地をブルースの楽曲から感じたジャベドは、街を出ていく力を得るまでひたすら耐え凌ぐのではなく、今この瞬間も前向きに生きていくべきだという想いに駆られるのである。
実話ベースの前向きな作品
本作は、脚本を書いたジャーナリスト兼作家のサルフラズ・マンズールの自叙伝をベースにしているという。
英国に暮らす非白人市民として受けた様々な迫害と同じく、彼が親友や恋人から受けた温かい親愛は、確かに存在した。世の中は辛いことも多いし、思った通りにならないことも多いけれど、そんな嫌なことばかりの世の中にも、かけがえのない優しさや喜びもある。
そんな当たり前の発見を、ブルース・スプリングスティーンのヒットナンバーとともに体験していくジャベドの姿は、実に清々しく楽しげだ。どんなに辛くとも逃げてはいけない、その辛酸や苦さを突き抜けてこそ得られる何かを求めて、若者は走る。
迂回するのではなく、ひたすら駆け抜けるのである。
本作は、これから夢の実現に向けて闘いを挑む青年向けのものではあるが、人生は終わる瞬間まで続く。残り時間をカウントすることは誰にもできない。だからこそ、青年期を過ぎたからといって夢を諦める必要はない。何歳になっても奮起する力があるんだと気付かせてくれる、そんなピュアでストレートな作品である。
小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。