文:金子浩久/写真:田丸瑞穂
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。
極東からの陸地が終り 大西洋がいきなり始まる
ヨーロッパに入ってたった1日過ぎただけなのに、ロシアでのノンビリしたペースは過去のものとなった。ロシアでも1日に1000キロ以上を移動するようなことを続けてきたが、それは交通量の絶対的な少なさによるものだ。ヨーロッパでは道路と交通環境、社会的なインフラが整っていることもあり、必然的に移動のペースが上がっていく。
午前7時にシャルル・ドゴール空港脇のイビスホテルを出発。高速道路A1から、パリ市街を一周するペリフェリックに入り、北から南へ時計回りにほぼ半周し、A10で南西に向かう。ペリフェリックでは朝の渋滞が始まっていたが、ズルズル進むクルマの列が、都市の内臓部を様々な方向から貫くようにして進んでいく。実に久しぶりの、“クルマから眺める都会の光景”が眼に心地よい。
新旧さまざまなビルの中には、表側のオフィシャルな顔付きを向けているものもあるし、裏側の倉庫や配管を剥き出しにしているものもある。花の都パリ(古い?)とはいっても人間が暮らしていることに変わりはなく、アパルトマンの裏窓には洗濯物が干してあったり、ゴミを出している人もいる。
A10を南下し、オルレアン、トゥール、ポワティエ、ボルドーと進み、その先のバイヨンヌを抜ければ、もうスペインとの国境だ。
パリ周辺を外れれば交通量も減り、高い山や曲がりくねった道もないから、ほぼ平坦で直線が主体の高速道路がずっと続いている。空は大きく、空気も乾燥してきている。路端の植生も移り変わって、南国のものになった。
カルディナは制限速度の130キロプラスアルファで流れている周囲のクルマに溶け込みながら快調に走っている、と書きたい。
しかし、ロシア以来のエンジンの咳き込みが直っていないのだ。不思議なことに、ロシアでは発生回転数が1700から2100に掛けてだったのが、ここで3100前後に変わっている。3100回転前後でスロットルペダルを少し緩めると、エンジンを中心としてボディ全体がガクガクと揺れる。そこから少しペダルを踏み込んで加速していくと収まる。ノッキング時のような異音はない。
自分で動くから「自動車」
スペインでの宿を決める
スペイン国境を越えてもまだ陽は高く、先へ進むことにする。クルマで移動する旅の醍醐味がここにある。調子が良ければ、宿泊地を先に延ばし、悪ければ、手前で宿を取ることができる。いずれにしても、自分たちの判断で行動を決定することができる。飛行機(プライベートジェットなら別)や鉄道、バスなどの公共的な移動手段では、他人の判断と決定に従わなければならない。“自分で動くから”、自動車なのだ。
僕たちは、ガソリンスタンドで給油を行い、ミネラルウォーターを仕入れ、地図を広げた。残りの日照時間、自分たちのスタミナ、空腹具合などを勘案しながら、ロカ岬への最短ルート上にある「Valladolid(ヴァリャドリッド)」という大きな街を今晩の宿泊地に決めた。街に入るのが多少遅れたとしても、大きな街のようだから、きっとホテルにあぶれることはないだろう。
国境では、かつての検問所の建物が残っており、警官が1台ずつ通過するのを目視しているが、停められているクルマは他にもいない。リューベックに上陸以来、ドイツ、ベルギー、フランスと国を越えてきたわけだが、どこの国境も変わることはない。中には停められて、パスポートなり免許証、トランクなどをチェックされているドライバーもいたが、僕らは一度もなかった。
スペインに入り、サンセバスチャン、ブルゴスと通過して、ヴァリャドリッドに到着したのが午後8時すぎ。地図に記されていた通りの大きな街だが、観光地ではない。情報はゼロなので、“cetro(中心地)”の周囲をカルディナで3周廻って、ホテルを探しながら様子を掴んでみた。
これも、自動車旅行で知らない街を訪れた時に、必ず最初に行う儀式のようなものだ。ヨーロッパならば、街の中心には必ず教会があり、そこから主要な施設が連なり、街が構成されている。レストランや商店、ホテルなどは中心から少し離れたところに立地している。観光客や外国人が多く訪れるところならばツーリストインフォメーションがある。最近では、中心にはクルマの進入を禁じられている街も多い。その場合は、仕方がないので、駐車場に停めて、歩かなければならない。
ヴァリャドリッドも教会広場を中心にして街が形成されている。同心円状の片側一車線路の、中心から二本目にホテルが点在している。
「ウォルフガング」という4つ星ホテルと背中合わせに、別の「モーツァルト」という3つ星が隣接しており、面白かった。どうせなら、間に「アマデウス」があれば、完璧だったのに。
どちらかに泊まろうかと思ったが、両方とも満室。でも、近くの「フェリペ4世」が空いていた。4つ星で72・5ユーロという格安価格だが、地下に専用駐車場があるのが僕らにはありがたい。シングルルームなのに、続きの間が付いている豪華さで、得をした。EUが統合され、ユーロが誕生しても、依然としてスペインの物価は安い。
荷を解き、顔を洗うのもそこそこに、田丸さんと外へ出る。中心地の広場の一角にレストランやバールが集中している一角があるのが、さっきクルマから見えた。古い街並みだが、飲兵衛&食いしん坊の僕らは、賑わっている様子から美味い飯と酒の気配を見逃さなかった。
そのうちの一軒に入り、ハモン・セラーノ(生ハム)をたらふく食べる。東京を出発して以来、ようやくうまいものにありつけた気がした。