年間100本以上の映画を鑑賞する筆者が独自視点で今からでも・今だからこそ観るべき または観なくてもいい?映画作品を紹介。
老いて認知症が進んでいく父親を介護しなければならない娘の哀しさつらさを描いた、逃げ場のない切ない作品。アンソニー・ホプキンスが人生の黄昏時期にあって、記憶や正常な判断力を失っていく 哀しい老人を熱演している。

自分が病気であると自覚できないことの悲しさ

アンソニー・ホプキンス演じるアンソニーは、認知症が相当進んでいるが、自分ではそうと認識できていない。混濁する記憶は、どれが妄想でどれが現実であるか区別することができない。

ひとりでなんでもできると思い込んでいるが、その実 誰かの介護なしには生きていくことができないのだが、本人だけがその現実を理解できずにいる。

本作は、どんどんボケていく父親を持つ者たちが、介護の大変さと 肉親に忘れられるという辛さに直面する様を描く、非常に現実的で切なすぎる作品である。認知症老人と向き合うことは、社会全体の問題であるが、結局のところ 家族単位で向き合わなければならない切実な課題なのである。

薄れていく現実感の中で、病気を自覚できないつらさ

主人公であり、認知症が進んで 記憶を失いながら、現実と妄想の区別がつかなくなっていく老人 アンソニーを演じるのは、名優アンソニー・ホプキンス。本人も1937年生まれという老境にあり、いつ何時実際に同じような病になるかもしれないわけで、見事にアンソニーを演じながらもその実 なかなかに不安と恐怖を感じていたのではないか?

本作を観ている者は、初めはまだアンソニーが正常であり、徐々に症状が見えてきたのかな?と思うかもしれないが、映画が進むにつれ、実はそうではなくて、冒頭から既にアンソニーの病状はかなり進んでおり深刻な状態であったとわかる。

父親であるアンソニー目線でこの映画をみると、現実と妄想の境目がわからなくて、あれ?コレってどういうこと?と迷子になりがちだが、現実に進みきった認知症が快方に向かうことがないように、本作もまた哀しい結末へと進むほかない。エンディングは決まっているので、ある意味安心して最後までみてほしい?映画だ。

画像: 『ファーザー』日本だけの問題ではない、認知症に侵される人生の終末の哀しさ

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。

ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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