こんにちは、恐竜おねえさんこと生田晴香です。まだ「恐竜」という概念がない時代のイギリス、独学で古生物学や解剖学を学び誰よりも最先端の知識を得ていた化石ハンター「メアリー・アニング」。当時は女性で身分が低かった為いくら大発見をしてもなかなか功績を残せず、生涯にわたって階級差を意識させられていたメアリーなのですが、その人生がとても激しく面白いのでご紹介しますね!

連載コラム「生田晴香、恐竜と生きる」。福井恐竜博物館 公認恐竜博士、古生物学会友の会・恐竜倶楽部メンバーでもある自他共に認める恐竜ラバーのタレント生田晴香が、恐竜の素晴らしさを隅から隅まで語り尽くす。壮大な歴史とドラマ、未解明の不思議が交差する魅惑の恐竜ワールドへ、ようこそ。- dino.network編集部

メアリー、死にかける

1799年、メアリー・アニングは家具職人のリチャードとメアリー(愛称、モリー)の子どもしてイギリス南西部、ライム・リージスという海辺の町に誕生しました。生まれた翌年、町にサーカスがやってきます。雷と雨が激しく、メアリーは子守をしていた女性に抱かれて木に雨宿りをしていました。

するとなんと…雨宿りしていた木に雷が落ちるのです。

子守をしていた女性を含め3人が亡くなりましたが、なんと! メアリーは奇跡的に一命をとりとめ町中の有名人になります。

モリーはこれまでに10人の子を授かっていましたがそのうち8人は亡くしていて、残る子どもはメアリーと兄のジョセフのみ。

家は貧しかった為、父親は化石を掘って売っていたのですが、子どもらも幼い頃から化石掘りを手伝い、化石の美しさや不思議さを知るようになります。

地質学会が創立され、メアリーが11歳の頃に父親が亡くなります。メアリーは家計を助ける為に自分で化石を発掘集め売るようになりました。学校には行かなくなりましたが、知識はどんどん増えていきました。

上流階級の人間にとってメアリーの化石は新鮮だったので、たとえメアリーが庶民であっても気に入られていました。ですが残念な人間というのはいつの時代にもどこにでもいるもので、「石のくせに高い!どうせ海行ったら拾えるんでしょ」というご婦人には「ご自身で拾えばただですわ」と発掘に行くよう促し、ドロドロの状態で戻ってきたご婦人には神対応で石を売っていたそうで、たくましくやっていたようです。

いきなり激しい事件簿満載ですが、すごいのはここからの話で、大発見の連続で世界の歴史に名を残す事になります。

イクチオサウルス

画像1: ja.wikipedia.org
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兄が魚類の頭の化石を発見し(この時はワニだと考えていた)、メアリーが胴体を発掘するのです!それは後に「イクチオサウルス」と名付けられるのですが、「幼い少女メアリー・アニングがひとりで発見し、人を雇い発掘作業を指揮した」と伝説になりました。

その頃には上流階級の「デ・ラ・ビーチ」という仲間ができ、一緒に化石を探したり地質学について語り合うようになります。本や論文の写しを読んで独学で知識をどんどんつけていきました。

ビーチは地質学会のメンバーとなり、メアリーは二つ目のほぼ完全に揃った全身化石のイクチオサウルスを発見します。

しかしお金がなく家賃も払えず困っていたところ、化石収集家のバーチ中佐がイクチオサウルスを買い取り、それを競売にかけかなりの大金化するのですが、売り上げを寄付してくれるのです。

化石からの復元図など描いて売っていたビーチの寄付もあったりと、このように周りの人間に支えられて発掘生活を続けられていました。

勢いは止まらず

画像2: ja.wikipedia.org
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1823年、メアリーは世界で初めて首長竜「プレシオサウルス」の全身骨格発見しました。

1828年には翼竜「プテロダクティルス」(ディモルフォドン)の全身骨格をイギリスて初めて発見します。

それから二つ目のプレシオサウルス全身骨格、化石魚「スクアロラヤ」、三つ目のプレシオサウルス(糞化石、コプロライト付き)まで発見し、勢いは止まりません。

「勢いがあるところには運がついてくる」とはいいますが、発掘中の落石で愛犬が目の前で亡くなり、母モリーも亡くなります。兄は結婚して家を出ていたので1人孤独に化石店をやっていました。

1844年、ザクセン王国の国王がメアリーの化石店を訪れました。国王は学問の振興に熱心で、自国の博物館の為に自ら化石を買い求めていたのです。

「私はヨーロッパではどこでもよく知られています、陛下。」
なんていう会話も!国王はイクチオサウルスなど数々の化石を購入しました。この時が記録に残る化石店の最後の取引になりました。

体に異変が起こるのです。体調の悪さがどんどん進行し、地質学会がメアリーに特別年金を支給する事が決まり、ようやく公式に業績が認められるようになるのですが、時すでに遅し。
乳がんでした。1847年にメアリーは亡くなりました。

その翌年、ビーチは地質学会の会長に選ばれました。そこで亡きメアリーの演説をするのです。

「業績に対して相応しい名誉は与えられませんでしたが彼女はどれほど貢献してきたか皆は知っているはずです。今こそ正当な評価を!」

画像3: ja.wikipedia.org
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今では、評価されてこなかった資料を調べなおされ、ヨーロッパやアメリカではメアリーについての絵本や児童書がたくさん出版されたりと歴史に名を残しています。日本の博物館でも見たことある方もいるのではないでしょうか。

恐竜学にも繋がる、古生物界に大貢献したメアリー・アニング。ぜひお見知り置きを!

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画像: 初めて首長竜を発見した化石ハンター メアリー・アニングの一生

生田晴香 | Haruka Ikuta
恐竜タレント。TV、CMのほかモデルとして活躍中。福井恐竜博物館の公認恐竜博士で恐竜検定所持。恐竜トークショー、クイズ、鳴き声コンテスト審査員。古生物学会友の会&恐竜倶楽部メンバー。恐竜のうた「ダイナソーDANCE」監修。実は元あやまんJAPAN。
YouTubeちゃんねる「恐竜わっしょい!」始めました。

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前回の「生田晴香、恐竜と生きる」はこちら

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