Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第55話「お花畑で踊っちゃダメ」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@dino.network編集部
窯を作って粘土をこね始めてみたものの・・・
行きつけのサーフショップもなくなり(コーヒー豆を届けるバイトもなくなり)、漫画家になろうとした、漠然としたモチベーションも失せて、私はこのところ、なんとも言えない無気力に蝕まれていた。
せめて何か新しいことを始めよう、そう思って食器くらいは自分で作ってみようと窯を作り、粘土をさわっていたら病みつきになったものの、できた作品はとても売り物になるわけでもないことはわかっていた。
要は気力が衰えている。
なんてことだ!と私は愕然とした。
確かにもう若くはないとは思っていたが、あの根拠のない自信と希望のかおりの野心はどうしたのだ?
こんなことじゃいけない、と私は思った。
右か左かわからないが、とにかく動いてみよう。動かなければはじまらない。少なくとも、ここじゃないことはわかっている。
粘土をこねることに夢中になっていても、それで生活できるわけじゃあない。楽しいからといって、何もかも放り出して逃げ込んでいい場所ではないのだ、少なくとも今は。
そんな時、1通の電報が
何をしていいかわからないが、とにかく動いてみなければ。そんな形にならない決意を固め始めたころ、1通の電報が届いた。確かにスマホも持たない私ではあったが、この時代に電報?結婚式でもあるまいに、と不審に思いながら開いてみると、それは私が漫画原稿を持ち込んでいたマンガ雑誌の編集者からだった。
「レンラクコウ(連絡乞う)」
その一言だけが書かれた電報を見て、私は彼女の真意を測りかねて戸惑いを感じた。
持ち込んだ原稿を貶されたうえ、彼女の求めに応じて短編モノに書き直して再提出したのは数ヶ月前のことだ。苦労して仕上げた原稿だったが、それもあえなくボツにされて以来、私は原稿を持ち込もうとしていない、それどころか彼女に連絡さえしていなかった。
なんで今ごろ?
私は女性編集者の意図を読めずに戸惑った。
好きな漫画を描いて生きていけると思ってテレビ局を辞めたわけでもなかった。テレビ局を辞することが先で、辞めてから何をしようか考えて行き着いたのが漫画家を目指すことだった。簡単にマンガで生計を立てられると思っていたわけでもないが、これだけ苦労することになるかもしれないと覚悟を決めていたわけでもなかった。だから、現実に直面した時に、私は初めて自分の無謀さに気づいた。その無謀さに、我ながら初めて戸惑っていたのかもしれなかった。
もう漫画家を目指すのはやめよう。そう明確に決めたわけでもないが、自分の無謀さに今更ながら気がつき、我ながら呆れ果てた時になって、編集者から連絡をもらって、私は本当に戸惑っていたのだった。
少なくともここじゃない、右か左かわからないがとにかく動いてみよう。ただそれだけを決意した私は、不意に届いた1通の電報に、明らかにフリーズしたのだった。
結婚式でもないのに、不意に届いた電報?
それは漫画の原稿を持ち込んでいた出版社の女性編集者からだった。
楠 雅彦|Masahiko Kusunoki
湖のようにラグジュアリーなライフスタイル、風のように自由なワークスタイルに憧れるフリーランスライター。ここ数年の夢はマチュピチュで暮らすこと。