そんな嘲笑にムカっとするのは若い証拠って?いやいや、挑発(バイク)に乗らなくなったら男稼業もおしまいよ。
オートバイ2020年11月号別冊付録(86巻 第17号)付録「ALL of me」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@dino.network編集部
還暦近いけど大丈夫。リターンライダーなんて言わせない
私は村上タダオ。58歳だ。
出向でこの会社の部長職に着任したのが3年前だったが、突然の異動で、今期いっぱいで東京本社に戻されることになった。
辞令が届いた夜、それまでの感謝の意を伝えるために、私はスタッフを居酒屋に連れ出した。
異動を伝えると、社員たちは多少は驚いた顔をしてくれたが、いつかはいなくなる人間だと思ってはいたのだろう、その表情にはそれほど意外という印象はなかった。
そんな中「えーっ、村上ブチョーッ、東京に帰るんですかあ?いいなァ、東京!」と声をあげたのは社長の親戚すじにあたるとかいう、加東アンナという娘だった。たしか32歳になる子だが、絵に描いたような高慢チキな見た目と態度が鼻につく。
私はこの娘が嫌いだった。この娘と顔を合わせなくて済むと考えただけで、今回の人事は私にとって価値あることだと思うほどだったのだが、ただ会わなくなるだけでは済ませられない気分にさせられる、ある事件が起きた。
アンナが会社にバイクでやってきたのだ。
バイク乗りに向かってその言葉はなんだ??
数日後、私は休暇をとって東京の自宅に戻っていた。
馴染みのバイク屋に預けっぱなしになっていた私のバイクはとうに車検が切れていた。そりゃそうだ、バイクを降りたなんて考えたことがない、スキさえあれば乗ってやろうと思っていたとはいえ、よく考えれば15年も放置していたのだった。
だけど、私はいつだって今だって昔からずっとバイク乗りのままなのだ。
アンナがバイクで会社にやってきたその翌日、私はバイク屋に連絡をして、すぐに車検を取り直すように依頼していた。東京に戻った私は、急いでバイク屋に向かうと15年ぶりの相棒、ホンダVFR400Rと対面した。VFR400Rは耐久レーサーのDNAを受け継ぐ由緒正しきロードスポーツだが、その中でもこいつはNC30。59PSを誇るモンスターだ。
「どうしたんですぅ!? 急に車検とれだなんて」
馴染みのバイク屋の店主が冷やかし気味に聞いてくる。「村上さんが乗るの?」
はい、と私は答えた。当たり前だろ、私のバイクなんだから。
一度だってバイクを降りた覚えがない私は、彼の質問は遺憾そのものだったが、続けて彼の口から出たセリフには記憶が飛ぶほどの怒りを覚えた。
「乗れんの⁉︎」
何人たりとも俺を馬鹿にすることは許さない。それがバイク乗りだ
アンナが会社にバイクでやってきた日、彼女の真新しいリッターバイクにはちょっとした人だかりができていた。
カッコイイでしょ、ブチョーッ、と彼女は少し遠くに立っていた私に向けて胸を張る。
「いい感じだネ」と私は答えたが、その言葉が気に入らなかったのか、アンナは「いい感じって何よ」と気色ばんだ。
別に彼女を怒らせようと意図したわけではなかったので、私は彼女の怒気に少しうろたえたが、それがアンナの怒りにさらに火をつけることになってしまった。
アンナは、全身で私に対する侮蔑というか嘲りを込めた様子で、こう言い放ったのだ。
バイク、乗れんの?
私は今でもバイク乗り。
「15年もほっといて乗らなかったんでしょう⁉︎」
バイク屋の店主の何気ない一言に、数日前の忌々しい記憶を呼び起こされた私は、全身の毛穴が開いて身震いを覚えた。
そうだ、確かに私は仕事にかまけて長いことバイクに乗っていなかった。自分ではバイク乗りであると思って生きてきたが、周囲から見たら とっくの昔にバイクから降りた、どこにでもいるおっさんになっていたのだ。
バイク屋の店主も、久しぶりに乗るなんて危ないよ、という気持ちで私を諫めようとして言ったのだろうし、アンナからすれば私とバイクが到底結びつかない別世界の異物であるようにしか見えなかったのだろう。それが、バイクになんて乗れるの?という質問になっただけのこと、私を馬鹿にするつもりはなかったのかもしれない。
しかし彼らの一言は私の心に激しく突き刺さった。
周囲からどう見られようとも私はいまでもバイク乗り。いつだってそうだ。
バイク乗れんの?だって?
ふざけんじゃない、私はいまでもバイク乗りだ。そいつをいますぐ証明してやる。
私は新調したヘルメットとウエアを身に付けると、15年ぶりの相棒にまたがり、エンジンをかけた。
楠雅彦 | Masahiko Kusunoki
車と女性と映画が好きなフリーランサー。
Machu Picchu(マチュピチュ)に行くのが最近の夢。