多くの日本人にとってはわかりづらい、宗教的なストーリー

悪徳牧師による迫害を逃れた女性が、ささやかな幸せを求めて逃亡を図るも、不幸と悪意の塊のような追手が迫る。
西部開拓時代(19世紀後半?)を舞台として、土着化した無教養な信仰に囚われた人々の奇妙で見苦しい振舞いの数々は、現代の感覚で観ていると腹立たしい限り。女性を家庭を守る母親、もしくは性の対象として扱う、無教養で非科学的な世界を描いた作品。

主人公のジョアン(ダゴタ・ファニング)は、歪んだ信仰に凝り固まった牧師(ガイ・ピアース)が、実の父親でありながら自分を性の対象として扱う不幸な境遇から逃げ出し、生きるために娼館に身を寄せるのだが、数年後 居場所を牧師に知られてしまう。ジョアンは、口の利けない仲間の娼婦エリザベス(愛称はリズ)になりすまして再び逃亡、ある父子家庭の後家となって 娘も授かるのだが、ようやく掴んだかのように見えた安住の地にも、牧師が姿を見せるようになるのだ。

キリスト教的世界観を題材にした作品は、意外なほどに多いが(例: 下記3作品)そのどれをみても非キリスト教徒には 非常にわかりにくい設定だ。
教会の指導者?を、旧教=カトリックでは神父、新教=プロテスタント=いくつも宗派がある では牧師と呼び分けるが、キリスト教徒であれば説明のいらない自明のことでも非信者には理解が及ばないだろう。ちなみに神父は結婚してはいけないが牧師は家庭を持てる。
本作ではジョアンを迫害する父親は牧師だから、妻を娶ればセックスは可能、というわけだ。ちなみに聖職者の腐敗を背景とする創作物が作られる場合、カトリック(ローマ教会系)では少年に向けられた偏執的同性愛、プロテスタントでは若い女性への異常性愛をテーマにされることが多いのはそのためかもしれない。

ブリムストーン≒地獄の業火

本作のタイトルであるブリムストーン(Brimstone)とは、直訳すれば硫黄を意味するが、聖書に灼熱地獄を意味するインフェルノと対で使われる言葉であり、地獄の業火を指すと思われる。
父親でありジョアンを執拗に追う牧師は、現代の目線で言えばロリコンで実の娘に手を出す最低な変質者だが、彼自身は神を頑なに信じる信心深い男であり、客観的に見ればねじ曲がっている異様な欲望にも、自分自身では正しい論理があると確信している。そして彼の行為を正そうとする者がほぼ現れないことが哀しくつらいが、それは まさしく地獄のような現実にジョアンが生きていたということを示している。

ジョアンは若い女であるということだけで邪悪な存在のように扱われるし、父である牧師からの欲望を受け入れようとしないという理由で執拗に追われるようになる。
彼女を守り支えようとする者はいないか、いても簡単に牧師の悪意に呑み込まれ存在を打ち消されていく。その様子はまさに地獄の業火に焼かれるが如くである。

正直言って、本作におけるジョアン、そして、彼女が象徴している(少なくとも19世紀の米国の)女性たちを覆う無知で粗野な環境は、エンディングまで変わることはない。バッドエンディング、というほどではないのだが、地獄は地獄のまま、時代が変わることでしか改善されることがないのか、と嘆息を余儀なくされそうだ。

21世紀の現代にあって、女性たちの環境が少しでも良くなっていることを願わずにはいられないが(本作のそれと比べればはるかに改善されているとは思うが)、逃げても逃げても追いかけてくる悪意と偏見に対して、ジョアンが簡単に諦めることなくできる限りの抵抗を試みたことが、環境改善につながってきたことは確かであり、世界には無数のジョアンがいたのだということを思い起こすべきだろうと思う。

画像: 『ブリムストーン』地獄の業火が追いかけてくる・・・哀しい女を演じるダゴタ・ファニング

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

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