ヨーロッパ大陸とイギリスを隔てる海峡、そこには複数の名がある。フランス側では「ラマンシュ(La Manche)海峡」と呼ばれ、これがイギリス側では「イギリス海峡(English Channel)」となる。だが日本では「ドーバー海峡」の名が一般的だ。その海峡を潜るユーロトンネルを専用列車で抜けて、カルディナはロンドンに着いた。
写真と文:金子浩久
※本連載は2003〜2004年までMotor Magazine誌に掲載された連載の再録です。当時の雰囲気をお楽しみください。

イギリスでの滞在先、F氏宅のヤードでポーズを取る金子氏とカルディナ。2003年9月15日(撮影:永元秀和)。

イギリスの地 陸路の移動が生んだ自然な変化

ひと足先にパリのシャルル・ドゴール空港から帰国した田丸瑞穂さんを見送り、僕はひとりでカルディナを運転してフランス北部のカレーを目指した。

カレーからユーロトンネルを潜って、ロンドンの友人を訪ねるのだ。ここから予定通りに走っていくことができれば、ロンドンでちょっと羽根を伸ばしてから、僕も飛行機で日本に帰ることができる。

ユーロトンネルの入り口は、オートルートのずいぶん手前から何枚もの看板で示されたので、迷うことはなかった。カレーからイギリスに渡るには、もうひとつの方法としてフェリーもあるのだが、それとの区別もちゃんとなされているから、ひとりで運転しても戸惑うことはない。オートルートから標識通りに進んでいけば、そこがもうフランスとイギリスの国境だ。高速道路のサービスエリアの巨大なものを想像してもらって構わない。

トンネル通行チケット購入、免税店前、フランスのパスポートコントロール、税関などを過ぎる。免税店以外すべては、広く、明るい屋外のゲートで行われる。ゲートでは、料金所のように一台ずつ停まらなければならない。それらが数百メートルごとに並んでいて、クルマは何十台も並行して前進していく。

列の最大幅は、300メートルはあろうか。今は、すべてのゲートを使っていないが、混む時期には、お盆休み期の東名高速東京料金所のようになるのだろう。いや、あれよりももっと規模は大きいか。

少し進むと、次は、イギリスのパスポートコントロール。同じように、高速道路の料金所風だ。カルディナの窓を開けて、係員と話す。

「イギリスに行く目的は?」
友人に会うため。

「どこから来ました?」
東京から。

「このクルマで?」
ええ。

「なぜ、飛行機でなくて、クルマで来たのですか?」
未知のロシアを通ってユーラシア大陸を横断してみたかったからです。

「どんな旅でしたか?」
長く、予期しないことがたくさん起こりました。でも、とても面白かった。

「なるほど。それはよかった」

業務然としていたフランスのパスポートコントロール職員の質問と較べて、イギリスの職員は明らかに関心があるようだった。

少し進んで、税関の荷物チェック。ここも素通しのクルマがほとんどだが、カルディナはテールゲートを開けさせられた。ロシアのタカリ警官とは違って、さらりとしか見ていないようで肝腎のところはしっかり押さえている。

トランクルームの端に立て掛けて見にくくなっていたガソリン満杯のジェリ缶を見付けていた。手にしている警棒のようなものでコツコツ叩いているが、クルマから降ろすつもりはないらしい。

ユーロトンネルのホームページにはガソリンなどの揮発性燃料の携行は禁じられていたはずだが、何も言われなかった。僕の右隣で停められていたイギリスナンバーの赤いアウディ80は、後席とトランクに少しの隙間もないほどワインの木箱を押し込んであった。

さらにチェックを要するクルマのために、斜め前に大きなテントが設えられている。別室というやつだ。

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