世界的な児童文学作品「小さい魔女」の実写映画。
127歳の半人前の魔女が、ブロッケン山で開催される成熟した“大きい魔女”たちの宴 ワルプルギスの夜に参加するため、ペットの老カラスのアブラクサスを相棒に、厳しい修行を行う、というストーリー。

“いい魔女”とはなにか

主人公の小さい魔女は齢127歳。魔女世界ではまだまだひよっこだ。だから成熟した“大きい魔女”の宴 ワルプルギスの招待状をもらえない。
あるとき、小さい魔女は、ワルプルギスにこっそり忍び込み、あえなく見つかってしまうものの、分厚い魔法辞典に記された数千の魔法を会得したら来年のワルプルギスへの参加を認めてもよいという言質をもらう。

ペットで相棒の、カラスのアブラクサス(→この名前は、ヘルマン・ヘッセの名作「デミアン」を読んだことがある人なら、うっかり感動してしまうだろう)の応援を受けて、小さい魔女は魔法の修行に打ち込むが、もう一つのワルプルギスへの参加条件である“いい魔女”になるために、人里に下りては人間と交わり、さらに時として魔法で彼らを助けるのだった。

しかし、実は彼女がこの“いい魔女”に対する解釈をめぐって、小さい魔女と大きい魔女たちの間に軋轢が生まれる・・・。

日本人にも馴染みの深いステレオタイプの魔女

当作品はドイツ生まれのオトフリート・プロイスラーによる児童文学「小さい魔女」の実写映画化作品だが、魔女の容姿や条件が、“鼻がデカくて醜い老婆”“ほうきを使って空を飛ぶ”などの特徴を持ち、日本人にとってもわかりやすい。
ロバート・ゼメキス監督の「魔女がいっぱい」では、魔女の定義が異なっていたが、この作品で描かれる魔女はステレオタイプでわかりやすい。

ちなみに魔女はいても魔男はいない(間男はいるだろうが)。悪魔が男性であって、その悪魔に仕えるから魔女(女性)ということになるのだろうが。そろそろこの魔女という存在についても、PC問題(ポリコレ)が関わってきそうな、悪い予感がする。

ちょっと乱暴な締め方は疑問

さて、僕は寡聞にして原作に触れたことがないので、どの程度の違いがあるのかわからないが、この映画の方は、終盤の作りがちょっと粗く、乱暴だと思った。

魔法辞典に記載された呪文をほぼ全て会得した小さい魔女は、無敵の存在になり、大きい魔女たちを簡単に圧倒してしまう。年季とかそういうの関係ないの?と言いたくなるような展開が慌ただしく畳み込まれるのだが、それでいいの?と首を傾げたくなるのだ。

児童文学だからそれでいい、という見方もあるかもしれないが、それまでの作りが比較的丁寧で大人の鑑賞に耐えるものだったものだけに、ちょっと残念に思えた。

画像: 『小さい魔女とワルプルギスの夜』ドイツの児童文学の実写化

小川 浩 | hiro ogawa
株式会社リボルバー ファウンダー兼CEO。dino.network発行人。
マレーシア、シンガポール、香港など東南アジアを舞台に起業後、一貫して先進的なインターネットビジネスの開発を手がけ、現在に至る。
ヴィジョナリー として『アップルとグーグル』『Web2.0Book』『仕事で使える!Facebook超入門』『ソーシャルメディアマーケティング』『ソーシャルメディア維新』(オガワカズヒロ共著)など20冊を超える著書あり。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.