現役女性医師が描いた終末医療のリアル
本作は、現役医師である南杏子(みなみ きょうこ)の小説「いのちの停車場」(幻冬舎)が原作となっている。彼女は、都内の高齢者医療専門病院に勤務する内科医であり小説家である。
2016年に終末期医療や在宅医療をテーマにした小説「サイレント・プレス」でデビュー。直に患者や家族らと対面し、最前線でいのちを見送る彼女だからこそ、医療現場の臨場感や緊張感が作品に現れており、説得力を持ちながら終末医療というテーマに向かい続けている。
小説「いのちの停車場」は昨年5月に発売され、在宅医療の現実や“いのちのしまい方”についてリアルに訴えられていると話題を集め、大きな反響を呼んでいる。
作品のあらすじについて話そう。吉永小百合演じる主人公の白石咲和子は、都内の救命救急センターにて数々の患者のいのちを救う敏腕医師。しかし、ある事件の責任を取るために退職。故郷・金沢へ帰郷することになる。
咲和子は、西田敏行が演じる仙川徹が院長を勤める小さな診療所「まほろば診療所」に配属される。訪問看護師の星野麻世(広瀬すず)とともに自転車を漕ぎ、街中にいる患者たちの元へ回ることに。そこで必要とされる医療は、救急でいのちを救ってきた咲和子にとって、これまでのものとは全く異なるものだった。
残された時間を自分らしく生きたいと願ったり、家族と共に穏やかな時間を過ごしたいと願ったり。さまざまな理由から必ずしも“医療行為”が求められない実態に咲和子は困惑するも、患者や家族と触れ合っていくうちに、患者を診ることだけではなく、寄り添うことの大切さに気づいていく。
日本映画界を座巻する錚々たるメンバーが集結
本作は、豪華キャストだけでなく、クリエイター陣も日本映画界に名を轟かせる一流たちが揃う。
まず監督を務めたのは、成島出(なるしま いずる)。『ミッドナイトイーグル』(2007)や『孤高のメス』(2010)、『八日目の蟬』(2011)など多数の話題作を手掛けており、『八日目の蟬』では第35回日本アカデミー賞最優秀賞を受賞し、吉永小百合とは『ふしぎな岬の物語』(2014)でもタッグを組んでいる。
脚本には、『家族はつらいよ』シリーズなどで日本アカデミー賞脚本賞を9回受賞した経歴を持つ脚本家 平松恵美子。彼女もまた吉永とは過去3作品にてタッグを組んでいる。
撮影は、『人魚の眠る家』(2018)や『決算!忠臣蔵』(2019)などの話題作を手掛けた相馬大輔。音楽は、『八日目の蟬』で第35回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞した安川午朗が務めた。
本編の舞台は、古都 金沢。終末医療を選択した患者と家族の現場を、金沢の美しい情景とともに描き出されている。
河川沿いの古い街並みは風情があり、そこには着物を纏った芸者の姿も。その他にも、眩しいほどに輝く海や、雪国ならではの深々と降り積もる雪など、豊かな自然も相まり観客を引き込む美しさがある。
その美しい情景(シーン)は、単にクオリティを求めているのではなく、残された時間の尊さを映し出しているように筆者は感じた。死は迫っていても、決して時間を止めることができない。その時間をいかにどう過ごすか、という現実を突きつけられているようでもある。
どのシーンもあまりにも美しいため、劇中の金沢では流れる時間が現実よりスロウに流れているような錯覚さえ覚えた。
それは本作のキャッチコピーである「まほろば診療所──そこは、命を少しだけ輝かせる場所。」という一文とみごとにリンクしているようにも思えた。
母国語だからこそ理解できる本編の捉え方
日本映画界でその名を語らずにはいられない大女優 吉永小百合。医師役を演じたのは、彼女の長い映画人生の中でも本作品がはじめてだそうだ。
彼女が演じた医師白石咲和子は、在宅医療のリアルに対面しながらも、常に患者にとっての最善を考え寄り添う。
私のような若輩者が大女優の演技を語るのはいささか恐縮ではあるが、本作での彼女の演技には感情を具現化するような力と、すべてを認めてくれるような包容力があると思った。
ひとつひとつをその場所に置いていくように、観る人の心に滲み入るように発せられる彼女の声は、決して大女優としての貫禄だけでない。空間すべてを包み込む優しさがある。
視線や所作なども含めて、彼女がいかに日本映画界でその名を轟かせているか、存在の偉大さを再認識した。
そんな大女優を囲み、診療所のメンバーを演じた広瀬すずと松坂桃李の演技も賜物だ。作品を越え、医療やいのちについて真摯に向き合う印象だった。
その他にも石田ゆり子、柳葉敏郎、小池栄子、泉谷しげるなど日本の映画界を象徴する錚々たるメンバーが出演している本作。彼らの演技もこれまた涙が止まらない。
小説が原作なだけに、劇中で心に刺さる台詞が多数散りばめられていた。特に印象的な台詞は、観賞後もはっきりと記憶されるほどである。
筆者は普段洋画好きではあったが、本作品を観て、感情や台詞の意味がダイレクトに理解できるという邦画の良さを再発見することができた。
本作品はいのちをテーマにしているが、国によっては死生観が異なるため、もしかすると海外の言葉で訳されてもわからないシーンや意味があるかもしれない。
日本という場所で生まれ、日本人の手にとって作られた素晴らしい映画を母国語で観れることは、日本人としての誇りであり、またそれは喜ばしいことでもあると改めて気付かされた。
重厚な雰囲気が醸し出されているパンフレットにも、作中の名台詞がいくつか込められていた。劇場で手に取った際は、ぜひ目を通していただきたい。
こんな時代だからこそ対面したい“いのちのあり方”について
全世界で長期化する新型コロナウイルスとの戦い。ネットニュース、テレビ、ラジオ、すべての媒体でこの話題を取り上げない日はない。
感染者数、重傷者数、死亡者数。日々上昇する数字に恐怖を抱きながら、感染対策を行い、制限される生活の中、なんとか工夫を凝らして生活の質を保っている。
一方、死が身近に迫っていることを理解しながらも、あまりにも長期化することで“生と死”について慣れてしまっているようにも思える。
いのちの尊さは幼いころから知っているはずなのに、決して認めたくはないが、死への意識が薄まっているかもしれない。もちろん、ウイルスの残酷さ故に現実から目を背けたくなる日もあるだろう。
しかし死は誰にでも訪れるものである。いずれは来るであろうその日を目前に、あなたはどう過ごしたいか。
家族の愛やいのちのあり方について考えさせられる良作『いのちの停車場』。こんな時代だからこそ、あなたが観たい人生の映画作品リストに入れていただきたい。