日本ではお雛祭りに当たる3月3日、992型の同グレードが本国で発表された。だからこそ今、991型の最終進化形と言っていい「911ターボS」をテストドライブ。ポルシェというブランドに「ターボ」が存在することの大切さを、改めて強く思い知らされることになった。たとえほとんどみんながターボ付きになっちゃっているとしても。(写真:永元秀和/ポルシェA.G.)
※本連載はMotor Magazine誌の取材余話です。

長々と続く黒歴史の記述にはワケがある…なかったらごめんなさい。

仲間うちでは消しゴムバトルが盛り上がっていたけれど、そちらのトレンドにも乗り遅れていたような記憶がある。(写真:ホリデーオート2017年10月号より)

1964年生まれの僕にとって、70年代後半に小・中学生の間で盛り上りを見せた「スーパーカー」ブームはまさにドンピシャリアルタイムにハマって然るべし、のトレンドだった。

ご他聞に漏れず熱狂した記憶がありありと残っている……ハズなのだが、実はほとんど覚えがない。忘れたワケではなく、そっち方向に目が向いていなかったのだ。どっち方向かと言えば東京在住の普通の小学生だったころは、アニメーションにほとんどの生命力を注ぎ込んでいたと言っていい。

もっとネタを絞ればサンライズ系にどっぷりで「勇者ライディーン」とか「超電磁ロボ コン・バトラーV」とかに始まり、「無敵超人ザンボット3」の最終回に衝撃を受けて眠れなかったクチである。ちなみに時代的には少し後になるけれど、リアルタイムで自慢なのは、「機動戦士ガンダム」の初回放送を打ち切り最終回まできっちり見終わったことの方だったりする。

おそらくは父親が免許を持っていなかった&激しい車酔い体質だったなどの、生活環境が強く影響していたのだろう。自動車に対して抱く興味は周囲の同年代の小学生たちに比べて、格段に弱かったように思う。

画像1: 長々と続く黒歴史の記述にはワケがある…なかったらごめんなさい。

そんなクルマ音痴の僕が、それでも明瞭に覚えているのが実は「ぽるしぇたーぼ」という車名だ。なぜ“中黒”なしのひらがな表記なのかと言うと、当時はブランド名と車名の区別がついていなかったことに起因する。

思い出せば「フェラーリ」は特定の1車種の名前だと信じていたし、「カウンタック」の前に「ランボルギーニ」がつくとは想像だにしていなかった。おそらくは別のクルマとして認識していたかもしれない。

ちなみに後々、中学生になってからもアニヲタでクルマ音痴は変わらず、トヨタの最高級車は「クラウンロイヤルサルーン」らしい、という程度の認識しか持ち合わせてはいなかった記憶が、やはりかろうじてかすかに残されている。

なぜここまで長々とそんな黒歴史を語るかと言えば、最新にして991型としては今、手に入る最終型となる「ターボS」に乗る機会があったからだ。

画像2: 長々と続く黒歴史の記述にはワケがある…なかったらごめんなさい。

もちろん今なら理解できる。僕が「ぽるしぇたーぼ」という名前で記憶していたのは、1975年に本国で発売がスタートした、930型「ターボ」のこと。デビュー当時、「911」という車名はつかず、とってもシンプルに「ポルシェターボ」と呼ばれていたのだそうだ。

「911」抜きの「ポルシェターボ」は、まだ幼い少年の勘違いだと思っていたのだけれど、実は間違ってなかった。ちなみに何しろ小学校高学年まで、「仮面ダイラー」だと信じていたくらいですから。

つまりはある意味、僕にとって数少ないクルマにまつわるささやかな記憶の原点ともいうべき車種の末裔に、50年近い時間を経てついに邂逅することになったわけだ。

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